曇りの日の浅草寺は、砂利の音まで落ち着いていた
曇って暑すぎない浅草寺で、人の多さより砂利を踏む音の揃い方が気になった日の記録。
Photo Memo
あとで置く写真
浅草寺の境内で、人混みを正面から撮らず、砂利の上を歩く足元と奥の本堂を少しだけ入れた写真。空は白く、線香の煙が薄く見えるくらいがよい。
Voice Memo
声で残すなら
まだ未収録。線香の近くのざわめき、砂利を踏む音、お賽銭箱の前の短い無音を一続きで残したい。内容メモは「人の多さより、音の揃い方が静かだった」でいける。
今日は浅草寺へ行った。
人は多かったけれど、曇り空のせいか、景色の音量は思ったより低かった。
雷門のあたりはいつも通りにぎやかだった。
でも、境内のほうへ入ると、急に音の質が変わる。
大きい声が消えるわけじゃないのに、砂利を踏む音や服の擦れる音が前に出てくる。
曇っていて、日差しは強くなかった。
そのぶん、建物の赤も金も少し落ち着いて見えた。
派手な色ほど、強い光がない日のほうが本当の色に近い気がする。
線香の煙は、風がないときほど形が分かる。
今日はそれがゆっくり上がっていた。
見ていると、煙の速さに合わせて人の呼吸まで少し遅くなる感じがある。
境内には、外国から来た人も多かった。
言葉は違っても、写真を撮る前に一瞬だけ立ち止まるところは少し似ている。
大きい建物の前では、人は誰でも少しだけ姿勢を正すらしい。
甘いものの匂いも、揚げたものの匂いも近くにあった。
でも、今日は線香と木の匂いのほうが長く残った。
食べものの町にいても、たまには別の匂いが主役になる。
今日は浅草寺の賑わいを見たというより、賑わいの中にある揃った足音を聞いていた。
人が多い場所でも、音が静かにまとまる日がある。
ああいう日は、混雑まで少しだけやわらかく見える。